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進めるのは前だけではなく、後ろにも。

前回、「前」へと進む力についてお話しました。「運」を身体で感じ、それを働きに変える事ができます。

今日は「後ろ」。
後ろへ身体を進ませると、自分の前にすこし隙間ができます。この隙間を使い、自分が受け入れたくないものを捌く事が出来るようになります。
 
 
 
前へ進む流れに乗ると勢いが生まれます。
嫌な事に出会っても、すこし捌けばすぐに過去の事になり、気にならなくなります。
自転車を想像してみてください。大きな穴をギリギリでかわしました。歩いていれば、そこで穴を覗き込み、止まってしまうかも知れません。でも、自転車であれば、ヒヤリとしながらも、前をまた向き、漕ぎ出すはず。いい事も、悪いことも過去へと流してくれる力を持つのが「内観的前進」です。
 
同じように、「内観的後退」が見つかりました。
この後退ですが、感覚的には自分の内面深くに潜っていく感じがします。
 
私たちには身体があります。
この身体が私の心を守ってくれている、そんな感じがします。
汚いものに触れる時、素手よりも、薄いものであってもなにかを介しての方が安心しますよね。身体は心を驚かさないように、揺らさないように、いつも、守ってくれているようです。
 
しかし、いつも守ってくれているわけではありません。
身体よりも、心が先に何かを「見つけてしまう」事があります。
例えば「ナイフ」。触れれば切れる。私たち大人はそれを知っています。そんなナイフを前にすると身体は緊張し、固まります。でも、この時、身体はまだ、ナイフに触れていません。それなのに身体は固まってしまいます。
これは身体よりも先に心がナイフを危ないものとして見つけてしまったから。
本当は見つけない方が自然体で振舞えてよかったかもしれません。でも、見つけてしまいました。
 
 
 
この時、「内観的後退」が役に立ちます。
前へ進もうと思った心は前にナイフという敵を見つけました。怖いものを見つけてしまった心は身動きが取れなくなりますが、それは身体がそこに居ついてしまったから。身体に縛られてしまいました。
 
この時、後ろへと自分を運んでくれる力がありました。
前から後ろへ流れてきます。この流れを見つける事ができたのは、先に前への流れを自覚していたから。同じ感覚の」流れが前後に見つけられたのです。
 
ただ、後ろへ流れていると言っても、身体を後ろへ運べばバランスを崩しますし、壁もやってきます。後ろですから目もありません。うまく身体は運べません。
しかし、身体をそこに止めて見ると、不思議と、実際の肉体と内観的な自分が分離していく感覚がありました。
その僅かな隙間が役に立ちます。
その隙間があるだけで腕や脚がいつもどおり動くようになります。
 
怖いものを前にすると身体は緊張し、本来の動きが出来なくなります。
実はその怖さに対する耐性も実力なのですが、多くの場合、感情の揺れを実力としては見ずに、手足の動きの技術だけを求めてしまいます。
 
 
 
怖さを克服する方法としてメンタルトレーニングがありますが、身体の操作と切り離してしまうと、また、そのメンタルトレーニングの成果を発揮するためのメンタルトレーニングが必要になってしまいます(笑)
 
内観的後退は具体的に肉体を変化させます。
肉体と意識の間に出来た隙間は定規では測れませんが、確実に存在するものです。そして、それは手を合わせた人にも違和感として伝わるのです。
 
二人で試す事のメリットはここにあります。お互いがそこにある感覚を見るので、さらにその感覚がリアルさを増していくのです。最初、それは消えてなくなりそうな感覚だったかもしれません。しかし、それは身体的に生まれたもの、再現性があります。それを育てていくと、いつしか、それは新しい常識になります。
 
 
 
実はこの内観的後退、意外なところで力を発揮しました。
内観的前進を見つけ、うれしくて、つい、無理に試しすぎてしまったみたいです。稽古中に頭痛がしだして、立っていられなくなりました。
代わりに子供たちを見てくれる仲間がいたから余計に気が緩んだのかもしれません。久しぶりの頭痛です。
 
横になり、眼を閉じ、休んでいても、頭は痛みます。
痛みのせいか、感覚も敏感になっている気がします。眼も耳も、触覚も色々なものを受け取り、刺激をしてきます。
 
 
 
こういう状態だったから逃げたかったのかもしれません。
前へと進むことも出来ましたが、身体がそれをぐっと止めているようです。
ふと、もういいや、どうにでもなれ、と力が抜けました。
その時、頭の奥のほう、方向的には下へ落ちていく感覚があったのです。
 
落ちてみると、そこは表面的な肉体からすこし離れた所のようで、それまであった刺激が気にならなくなっていました。
痛みとしての波はありましたが、それを観察していられる余裕がありました。
 
この時の姿勢があお向け。下方向へ落ちていく感覚は顔の向きからすると「後ろ」側です。
前には出られる事がわかっていたので、すぐにこれは「後退」だ、とわかりました。
 
 
 
一つ発見があると、痛みは飛ぶんですね。
痛かったはずなのに、試したくなり、むくりと起きて、実験に付き合ってもらいました。
そして、先ほどの「気にならない」という効果を見つけたのです。
 
 
 
どうやらこれは座禅的、瞑想的な方法のようです。
前進がアクティブに世界を渡り歩くものだとすれば、後退は世界から離れ、自分の世界を作るものです。
いくら自分が一人になる、と決めても、実際にはたくさんの刺激があります。この時、頭だけで無心になれる人はなかなかいません。
しかし、肉体と距離を置く方法があれば、感情を揺らさず、自分のペースを維持できます。
 
 
 
気持ちの力は無限です。自分で決めた力がエネルギーです。
しかい、肉体の力は有限です。無理をすると壊れます。
その肉体を癒す作業が内観的後退ではないか、とにらんでいます。
横になって、後退してしる間、眼は覚めている感覚があるのに、夢のようなものを見ました。しかも、はっきりとそれを感じられるような感じです。
 
人には睡眠が必要です。
ただ、長時間寝ても疲れが取れないときがあります。睡眠の質が悪いからです。
睡眠の質を上げるのに、枕や布団、マットレスに、サプリ、色々なものが出てきています。人生の大部分を占めるものですからね、質を上げたい人は世界中にいます。
ソワソワしながら眠るのは実に前進的です。
眠るんですから、もう諦めて、後退してみる、というのはある意味、理にかなっていそうです。
 
 
 
なにかを変えたい、と願う時、ついつい、外の世界にばかり眼を向けてしまいます。
現代は便利な機械やサービスが外の世界を変えてくれる時代ですから。
運命さえも変えてくれる手帳が今は山ほど売っています(笑)。
それで何とかなるならどうぞ遠慮なく。
 
しかし、私は外にあるもので成功を感じた事がないんです。
内面を変える事で外の世界も変わる。それ「も」わかっておけば、楽しく人生を歩く事が出来ます。
ぜひ、身体感覚の世界を体験し、工夫して、掘り下げてください。

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