バカと天才は紙一重
私は刃物が苦手です。もう、何十年も「武」の世界にいますがどれだけ肉体を鍛えても敵わない「武器」にいつも気持ちが負けます。
しかし、実際の生活で刃物によって襲われる事はほとんどありません。
武道の技を教えていても、今の日本の武道のレベルでは、刃物に対して真剣に向き合う場所は少なくなっていますから、困ることはありません。
「刃物が怖い」なんて気にせず、表に出さず、堂々と威張って技を教えていればいいのは「わかります」。
しかし、それは本当の自分に嘘をついていることになるので、出来ませんでした。
ただ、なんとかしたい、そんな気持ちをずっと持ち続けて研究する事が出来たので、やっと、刃物に対して、向き合う一歩を見つけたわけです。30年もかかってしまいました(笑)
武器を前にして普通でいられるってのは変な感じです。
でも、実は、普通でいられる人は多いんです。
どんなに目の前に武器をちらつかされても微動だにしない人がいます。
その姿をみると、まさに達人!
しかし、その後が…。
その後、実際に攻撃をされると当然ながら、やられるわけです。しかも、微動だにせず(笑)
反射がないのです。
怖い、という経験が無いからこそ、身体が反応しないのではないのかな、と考えています。
経験もなければ想像もしない。目の前に自分を壊すモノが現れても、変化が起きないのは鈍感だから。
事が起こる前までは達人と変わりません。達人も鈍感に見えます。
事が起こった後、死んでしまってはどうしようもありません。
達人は鈍感に見えますが、一度事が起これば、超敏感に身体を動かします。
似ていますが、全く、違うものなのです。
スピリチュアルな考え方で行けば、攻撃をされる、という状況すら考えなければそれでいい、と言うかもしれません。
不安という想像も現実になるのですから。
確かに、刃物や拳で襲われることは有りませんが、私たちはこの世に肉体をもって生まれているわけです。
歳を取ることによって、徐々に肉体は重くなるわけです。見えない敵が肉体にどっしりとのしかかってきます。特に、日本人は。
これは避けられないこと、肉体を持ち、地球に暮らす以上避けられません。宿命です。
だからこそ、私は今から、肉体が使えなくなって行ったときの事を考えます。動けなくなるのが怖いからです。
機械や人を使えば自分が動けなくても仕事を出来るかもしれません。でも、私は自分の身体で「動いている」、それを命がつきる最後まで感じていたいと思いました。
歳を重ねて老いたとしても、怖くない。そう思う人も多いはず。
むしろ、死ぬ直前を考えて生きている人を探す方が難しいです。
しかし、それが本当に怖くないことなのか、想像できないから怖くないのか、ぜひ、考えてみてください。
その結果、ものすごい恐怖に出会うかもしれません。
こんな怖れは感じたくなかった、と思うかもしれません。しかし、それは自分の中から生まれてきたもの。いつか、必ず芽を出したものです。
しかし、それでも、大丈夫。
稽古は生きる死ぬを普通の生活をしながら実感をするもの、出来るものです。
求めれば必ず、答え、納得は得られます。
刃物に対して向き合うのに30年かかりました。入り口を見つけるだけにです(笑)
生きること、死ぬこともこの先、ずっと、追い求めるつもりです。何年かかるのかな?でも、その求める間、その時間も研究、稽古は楽しい時間にさせてくれるのです。
そんな楽しい事を伝えたいと思っています。
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