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【稽古録】2017/08/29 若さという力

昨日、今日と改めて「若さ」の力に驚かされている。そして、その若さはもう、求めても得られないものだと思うと「老い」に対して無意識に怖れを持つのも仕方ない。
稽古はそんな無意識にある「老い」と向き合わせてくれる。その結果、怖れであった老いがありがたさに代わり、嬉しさに代わる。
 
誰もが若さを持っていて、老いを手に入れる。
この時、「失う若さ」と「のしかかってしまう老い」と考えるとつらくなるが違うのだ。
 
さて、昨日、今日の若者との稽古。いやぁ、これが本当に大変だった。まったく、動かないんだもの。
一人は高校に入り、筋トレに目覚めた子。久しぶりに道場へと顔を出してくれた。身体が一回り、二回りも大きくなっている。手を合わせてみるとこちらが動いた瞬間、ぴちぴちな筋肉が水を弾き飛ばすような感じで跳ね返ってくる。
ただ、それは「普通」の場合。彼と同じように筋肉を使った場合。老いたことによって筋肉の反応が衰えていくのだろう。若い筋肉に負けるのは仕方がない。だからこそ、術があるのだ。彼がお思いもつかない動きをすれば、そこに穴ができて、彼の中に侵入し、崩す事ができる。
 
これまでたくさんの時間をかけてきたのだから彼を崩すことはできる。彼には若さがあるが、経験が足らないのだから穴もたくさんある。
 
そして、もう一人の若者。
彼も強い。しかも、小学生の頃から術の世界に興味もあり、穴も少ない。その彼が高校生になり、成長して帰ってきた。いやぁ、大変だ。
彼が一番耐えられる姿勢を作ってもらい、斬り崩そうとしても、ピクリともしない。技的には片腕の斬り落としとなるが、腕から背中、腰までが一つなり、まるで岩にのしかかっているよう。
 
この得意な形になると穴もなくなるのか、なにをしてもダメだった。
 
不思議なことに、あまりにもダメな状況へと入ると「出来ない理由」がたくさん出てくる。
武術的にはこんな馬鹿力の耐え方をしてはダメ、相手の意識が腕ではなく、体幹にあるのだからそこを攻めないと、無理をする稽古をすれば形が崩れる等々・・・・。自分の中から生まれるこうした言葉は確かにそうだ、と思えるもの。しかし、この自分ができない場面こそ、一番、自分を新たな世界へと連れて行ってくれるものだ。
 
考えてみると、身体感覚的な稽古を始める前、できない、と思っていた事が山ほどあった。相手に強く抑えられた時には当身をして、体勢を作らなくてはダメだ、とかどんなに早く動いても気配で読まれてしまう、とか。
当たり前をお互いに共有したもの通しであれこれ試しあっていたのを懐かしく思う。
 
身体感覚の稽古を知り、次々と新たな使い方に出会ってみると、昔出来るはずがないと思っていた事、やろうとも思わなかったことが出来るようになった。
それも、狙ってそのできない技を解決したのではなく、たまたま見つけた新しい使い方によってできてしまった、という変身を体験した。
 
きっと、今日経験した「出来ない技」もそのうち出来るようになるのだろう。
人のやる事に限界はない、今、私の基盤はそこにある。
機械やコンピューターにはかなわないが、人が人間の肉体を使って行う事であれば誰もがなんとかできる力を持っている事を思い知らされてきた。ただ、それをできない、という観念が強すぎるのだ。
 
それにしても、強かったなぁ・・・、夢にまででそうだ(笑)。

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