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【稽古録】2017/08/31 動かない事で問題は自分だけの問題になる

無意識の事を考えたり、筋肉の事を考えたり、運の事を考えたり、気にしておきたい事がいくつも出てきて我ながらあきれる。
まぁ、それでも、私自身は身体に生まれてくるそれまで感じた事のない感覚に従っているだけだし、こんなにも雑多なものがでてくると、もう、それに従うしかないな、と覚悟もできるからいい。
問題は話を聞いてくれる縁のある人。この稽古録を読んでくれる人もそうだ。感想も送ってくれるが、困っているのが伝わってくる(笑)。
 
しかし、きっと、これが一人稽古に入るためにはいいのだろう。私はそうだった。甲野先生の言葉が全くわからなかったので、自分の身体に向き合うしかなかったのだ。
向き合ってみれば見つかる。だって、そこに身体があるのだから、探れば何か出てくる。それが最近、ちょっと勢いがつきすぎているだけだ(笑)。
 
今日は8/31。子供達にとっては夏休み最後の日だ。私のこの日の思い出はいつも、宿題のために徹夜をしたことだ(笑)。
夏休みの初め、いつも、一日何ページ、と予定を立てるがそれがうまく行った試しはない。そして、それは今もそう。成長がない(笑)。
しかし、これで良かったのだ、と今日、自らの身体に見つけた感覚に許してもらった。稽古は自己を強力に癒す。他者にやってもらうなんとかセラピーなんかよりもよっぽど強力だ、間違いない。
 
その感覚とはこうだ。
相手の攻撃に対して「動かない」を決めるという事。
この時の攻撃は自分にとって怖いものの方がいい。小刀でも持ってもらい、攻撃してもらう。この時、とってもゆっくりに。
ゆっくりなのだから相手の動きは良く見える。
この時、つい、早めに身体が相手に対して動いてしまっている事に気づいた。
 
これはやはり、怖いから。身体が過敏に反応し、つい、動いてしまう。この時、動きを決断し、迷いなく動ければそれは最高の動き。しかし、相手とのタイミング、交わした後の微調整など、しまった!と思う事が多い。
心に迷いや後悔が生まれると身体は止まる。そして、武術であればこれで終わりだ。次はない。この動き方ではだめだと分かる。
 
この時、とにかくぎりぎりまで我慢をしてみた。
目の前、身体に武器が当たるギリギリにまで動かないと決め、我慢する。
動かない、と決めてもその我慢にも限界がくる。この時、初めて動く事を身体に許すのだ。
すると、意外といい感じに動きが完了し結果として攻撃をかわす事になる。
 
この時の感覚が面白い。余裕をもって攻撃を見ていた時、自分の動きをどうするかを選んでいる時には同時に、相手の動きも見てしまい、そこでまた考えが始まっている。自分と相手、どちらにも集中がし切れていないのだ。
 
しかし、ギリギリまで我慢をした時、もうだめだ、と思った瞬間は相手の事を考えず、自分が「ここにいてはいけない」と感じているらしい。この状態はほぼ100パーセント、自分に集中できている状態だった。
自分がそこにいてはいけない、と感じて、とにかくどこかへ動く、それだけを考えているので動きに迷いがない。結果として、瞬時に少しずれたところへと移動が完了する。
 
夏休みの宿題を徹夜でやっていた時にもそうだったのだ(笑)。
どうやろうかとは考える暇もない、余裕がない。
ただ、自分が動くだけ。やるだけだった。そして、いつも、何とか間に合って胸をなでおろしていた。やったらできると、何度も経験したのだから、夏休みの初めにガンガンやればいいとわかるのだが、やはり、毎年、最後まで残ってしまう(笑)。
 
今、身体を通して得た感覚がすでに、子供の頃から何度も経験していた事だと気付けた。そしてその経験に対してこれまでは「予定を作って達成できない自分」を見ていたのだが、予定通りに終わらなかったからこそ、「100パーセント自分を見ている経験」を得る事ができたのだ、と思えるようになった。
 
あらゆる経験は考え方によって良いものにもなれば悪いものにもなる。それを確信する事ができた。この確信を得る事ができたのも、夏休みの宿題のおかげだ(笑)。

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