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【稽古録】2017/09/01 ここにいてはいけないという思い

ずっと武器を使わない技を求めてきたので、武器を目の前にするとどうしても緊張が高くなる。
それでも、数年前に武器だって研究できる、と分かってからは少しずつだが、武器に対する捌きや扱い方が上手になった。
それでも、やはり、無意識の奥には「苦手」が染みついている。
 
怖れることなく自然にふるまえれば、と思っても、身体は正直、緊張してしまうのだ。
そしてその緊張した結果現れる現実が固く、どうしようもなく思えてくる。
 
しかし、その不安を伴った現実は幻想。これまで、何度も、無理に違いない、という事をこの身体は壊してくれた。身体が動く事によって、それまでとは違う現実を見る事ができる。研究稽古は現実は幻想、という信念を持つ事ができる。
 
昨日気付いた事、相手との衝突に対してぎりぎりまで待つ、という技はまさに、武器を相手にして気付いた事だった。
武器は触れただけでダメージを追う。まぁ、厳密には刃筋やその後の斬りなどで効果は全く違ってくるのだが、心がやられる。
突きや蹴りならわずかにずれても、我慢もできるし、多少の修正が可能だが、刃のついている武器はその瞬間、身体は崩れてしまう。
 
この時、よく身体を観察してみると目と手と脳が先に予測をして働きすぎている事がわかった。見えてしまう相手の攻撃、ついそれに目を奪われ、反射的に手がかわしだす。もちろん足も捌こうと逃げるのだが、主導権は相手になり、動きをコントロールされてしまうみたい。
 
相手が動くたびにこちらの修正を余儀なくされてしまうのだ。
なぜこの時コントロールをされるのだろう、と考えてみると、そこに間合いがあり、その間合いが頭に余裕を作って、いくつかのプランを作ってしまっている事がわかった。
この事前に作ってしまうプランの中身は自分の動きがあるのはもちろんの事、相手がどう動いてくるだろう、という予測も入っている。この時、相手の動きが100パーセント読めるのならいいのだが、そんなことは決してない。
他者がこう動いてくれたらいいなぁ、という期待をなんとかしなくてはいけないようだ。
 
相手に期待しない方法、それが間合いをギリギリにまでゼロにする、という事。相手の攻撃から逃げるのではなく、むしろ、近づく。この時、身体が反射をしないように気をつけるのだけど、うまく反射をせずに間合いを縮める事ができると、問題は相手ではなく、自分だけのものになる。自分の中に、「ここにいてはいけない」という気持ちが生まれている。
 
どうやらカギになるのは反射をしないで相手の攻撃を受ける事なのだが、これはちょっと前に気がついた「屈筋を縮めない」事が当たり前となってきたから出来るようになってきたみたい。
それまでとは全く違う原理に見える術理も身体を使っているのだから、つながりはある。今、気になっている事も、1週間先にはどうなっているかはわからない。しかし、消えてしまったように見える術理も必ず、また、レベルをかえて現れる。
 
久しぶりに始めたこの稽古録も、こんな稽古の仕方もあるよ、と伝えるためには役に立ってくれると思う。
「唯一正しい術理」はない。そんな事を言うつもりもないし、まだまだ研究を続けたい。組織を作ると結束のために正しい事、正しい手順、正しい形が必要となる事がある。まぁそういうものだ。
どこの世界に行ってもそんな感じだろう。皆なんらかの正しさを押し付けれて生きている。だからこそ、それぞれ個人が常に変わり続けられるものを持つと楽しく過ごせる。研究稽古はまさにそれ。ぜひ、自由な発想で、どんどん、自分を変えていって欲しい。

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