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【稽古録】2017/09/23 「私」が「二人」に

浜松での稽古。昨日、見つけた「肘から先だけになる」という使い方をどう伝えればいいのか考えながら向かう。
浜松への道は2時間ぐらい。流れのいいバイパスは運転がしやすく、頭も心もホッとしながら進める。ついつい頭に身体の事が浮かびやすくなるが、まぁ、仕方ない。
 
「肘から先になる」動き自体はこれまでの動きとはまるで違うもの。しかし、原理は「お腹を縮ませない」という考え方からつながったもの。そしてさらに、「重心から肉体」への大変革を経験していたからこそ生まれたものだ。
 
いつも稽古に付き合ってくれる仲間は私の話を話半分に聞いてくれる(笑)。私が甲野先生に向かう時の姿勢と同じだ。一生懸命聞かない事で自分の身体に目を向ける事ができるようになった。そのいい加減な姿勢を私相手にはやってくれるようになった(笑)。
しかし、初心の方はそうは行かない。こんな私にも敬意を払っていただき、真面目に話を聞いてくれる。
 
もちろん、私もその思いに応えたいので、言葉を尽くして技と感覚を伝える。そこで思わず出てきた言葉がこうして、稽古録を作っている。ありがたい事だ。
しかし、普通に練習をしているならば一生のうちに何度も起こらないような大激変をほんの数時間のうちに何度もするのだ、頭が混乱するのはしかたないはず・・・、いつも初心の方に説明した後は自分の中に葛藤が生まれる。
そしてこれが私の稽古になっていく。
 
さて、今日の稽古はさらに予想外の展開が現れた。
「肘から先になる」という動きはどうやら「二人」になる、という事だ。左右の手が中心の体幹に縛られず、別々に動く事で、相手の身体を「二人がかり」で崩すのだ。結果的に軽く相手を出し抜けるのは相手の予測が外れるから。
 
どう考えても自分は一人だ。しかし、腕は二本ある。俺は二人か!と驚き、受け入れた瞬間、動きが変わる。こういう経験が考え方の大切さを教えてくれる。努力が尊いというのは皆が知っているが、驚きによっても自分は変わるのだ。
その自分をこれまで何度も変えてはきたが、どう変えても、一人のままだった。それが実は「二人」だったのだ。
 
こんな変な話を常連の人たちはニコニコと聞いてくれる。そして、それができないことをくよくよしない。一通り話終わると、もう終わり、次はない?と、余裕を見せてくれるよう。俄然、馬力がでてくる(笑)。
その期待に応えたくなったのか、ふと「肘から先になる」事ができるのであれば、「指の第二関節から先だけになる」事だってできるんじゃないか、と思いつく。
 
思いつけば後は実験。
肘から先になる時と同じように、「それまでの技を捨てる」事に集中する。肘の中に入り込んだのだから、第二関節の中に入ればいいじゃないか、と。
そして、入り込んだ後の自由さはわかっている。
 
木刀を腰に指し「第二関節から先」だけで抜いてみた。
肘に力が入らないように、指でつまみ、指の自由を意識しながら抜いてみた。
その感覚が面白い、これは「スリ」だ!とひらめいた。
 
ネットで検索をするとスリをエンターテイメントにしている人が出てくる。彼らは華麗に盗みを働く。ステージ上というたくさんの人の目が注がれ、これからスリますよ、と言った上で、財布はもちろん、時計、ネクタイ、ベルトにシャツまで盗っていく。
スリにはあった事はないが、気がつかれずに、動きが始まり、終わるのは確かだろう。レベルはまるで違うはずなのだが、木剣を指先で抜いた瞬間、「スリ」を思いついたのだ。こういうひらめきは大切にしている。
 
明日また、名古屋でしっかり稽古が出来る。どんな展開になっていくのだろう。

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