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【稽古録】2017/10/12 見えないものを当たり前に。

車が新しくなったのでお祓いに行く。今回はちょっと遠くの犬山の成田山へ。
ただ、私が「お祓い」をどうとらえているかというと、正直どうでもいいと思っている。それは、お祓いが無意味だ、という意味ではなく、起きた事をできるだけそのまま受け止め、生かせるのなら流れに乗り、困るのなら打ち消せばいいと思っているから。
ちょっと前にも「運」の話を書いたが、間違いなく、運はあるのだ。昔の人は生かしていく方法を数多く残してくれたが、あまりにも科学的なものが増えてしまった事で、運を感じる感性が薄くなってしまったのだろう、と思う。
 
今、相変わらず、見えないものはなにも見えない。本当に、ずっと待ち焦がれているのに(笑)。
ただし、その「見えないもの」はどうやら私が小さく限定してしまったものらしい。だって、この自分の中にあるものだって「見えないもの」だもの。
 
肉体の前にあるものを自覚して、なんとかそれに集中する方法はないか、と探している。集中する方法の一番目は言葉にする事、この現象、この感覚に名前を付ける事だ。
肉体の前にあるんだけど、自分だと確信できるこの感覚。つい、心とか、感情など、ありふれた言葉を使ってしまうが、もう、それでいいかな、と思っている。
心や感情と名付けて生まれるデメリットは、これまで書き残してきたものの中にある「心」や「感情」との整合性だけ。同じ言葉を使っていても、その中身がまるで違う、という事だけちゃんと伝えておけばいいかな、と思う。
 
これは「腰」の位置みたいなもの。
現代人がイメージする腰はくびれ、ベルトの位置だそう。しかし、もちろん、昔の人なら着物の帯の位置だろう。いつのまにか、骨盤から腰椎へと、腰の位置が変わった。しかし、言葉は残っている。昔の人たちが残そうとした技術、感覚の中に「腰」という言葉を使って残しているものもあるだろう。その腰は現代人の腰とは違う、それがわかればせっかく残してくれた言葉を変えなくもいい。
 
肉体の前にあるもの。私の場合、それは驚きやすい心、怖れやすい心だ。驚いた瞬間、そこに間違いなく驚いた私が存在する事になる。その驚いた私そのものが動けば圧倒的に速い、と分かってきた。身体は消えて、自然と生まれてくる感じがしてきた。
 
毎日、ちょっとどころではない変化が生まれている。この変化の激しい熱い時期にぜひ、技を受けてほしい。

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