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【稽古録】2017/10/17 この前、この後、後ろ向き

新しい世界はいつも突然見つかる。
ほんの一週間前、甲野先生との稽古によって「感情が自分」という世界を見つけた。最初、何が何だかわからなかった感覚が、徐々に言葉になっていく。そして、これは身体を自覚する前に存在していた「心」、「感情」なのだ、と落ち着いた。
 
本当は心でも、感情でもないと思う。しかし、形がないし、その共有だって身体を通してでしかできないのだから、どう名付けるかは自分にかかっている。
これを全く新しい造語で名付けるセンスがあればよかったのだが、どうもまだ、名付ける力はないらしい(笑)。
結局、自分の中では「心」、「感情」なのだ、と思う事にした。
 
一度頭がそれを落ち着けると、そこに「飽き」がやってくる。確かに新しいタイミングで動く事によって新しくできる技は増えていく。しかし、どうやら私は技にはそれほど興味がわかないらしい。それよりも、もっと違う世界がまだまだあるに違いない、と思い、それを求めている。
 
そして、思いがけず、今日、それがまた現れる。
今一つ、なにがきっかけになったのか定かではないが、「後ろ向きに歩いてみた」のだ。
お腹を伸ばしてみると、背中に意識が移る。背中には骨が作る壁があり、それよりも後ろへは行きにくい。この壁に従う事で左右の世界を切り切り拓く事が出来る。
前後への未練をなくせば左右の動きはさらに良くなる。そんな事を考えて、あえて、もう前へはいけないように、後ろ向きで歩いたのかもしれない。
 
良くわからないが、身体はちゃんと、行った動きに対して答えを返してくれる。これが素晴らしい。
後ろ向きに歩いてみた時、お腹を伸ばさなくても、楽々身体が左右へと動くのだ。
 
あっ、今、思いだした(笑)。
なぜ、後ろへと行こうかと思ったのか・・・。
それはお腹を伸ばすのではなく、逆に縮めていったらどうだろう、と考えたからだった。
前へ行くにはお腹を伸ばした方が進みやすい。逆にお腹を縮めてみると重心は後ろへ下がり、前へは出にくい。しかし、これは後ろへは進みやすい、という事だ。
 
そして、ここにもう一つきっかけがあった。
「この前」、「この後」という言葉。この「前」なのに、「過去」を意味するし、この「後」なのに「未来」を指している。日本語の不思議なところだ。
日本人は未来に背を向けて生きている、そう聞いたことがある。
そして、それを身体で、そのままやってみよう、と思ったのだ(笑)。
 
後ろへと進んでみた時、身体は軽やかに進みだす。後ろ向きながらも、望む方向へと身体は進むにも関わらず、左右の自由さまで備えている。そして、気分を表す上下の方向にだって止めるものはない。三つの方向、三次元のどこにもつまりがない事を感じられる。
 
良くわからないまま、身体を抑えてもらう。この時、当然、真後ろには下がれない。相手が見えないからだ(笑)。
自然と、「半身」になり、そして、肩を内側に巻き込み、気持ちは「後ろへ」向けながら歩いてみる。そしてその身体、手を抑えてもらった。
抑えられたことは認識できる。その瞬間、手を振りほどく。その動きにびっくり!どこにも角がなく、滑らかに振りほどけられた。
 
お腹を伸ばして背中に力を渡した動きも滑らかだったが、あれは「平面化」する事によって得た自由。動ける場所は左右しかなかった。当然、「かたくるしい」動きになる。その苦しさが「型」を想像させてくれた。
 
しかし、後ろ向きによって得られる滑らかさは相手を気にしない滑らかさ。とにかく自由だ。よくわからないが、間違いなく、新しい世界。これまで見てこなかった世界。また、研究したい事が増えてしまった(笑)。

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